原発の町12 設置開始予定のPM1時が過ぎても、見わたす海上にも上空にも巨大ドームは影も形もなかった。 見物客から不満が噴き出し始めた。

 「シゲちゃんクロシマ君ありがとうね」丹野スズ(72歳)は、浜野シゲ(72歳)の家の2階の窓からクロシマ君を抱いて黒島を眺めていた。「不良品だからタダ」浜野シゲは黄色い小さな早生ミカンを両親指で真っ二つに割り、皮をベロッとむいて半分を口に放り込み果汁を飛ばして咀嚼し、すぐにもう半分も放り込んだ。

 「海岸も国道も人人人、外国人もたくさんいたからびっくり・・・前日に来て正解だった」丹野スズもミカンをつかんだが、半分に割らずに丁寧に皮をむいた。

 パシュ パシュ パシュ パシュ。「来た!」浜野シゲは窓から身を乗り出し首をひん曲げて上空を見上げた。パシュ パシュ パシュ パシュ

 ヘリコプターのメインローター直下の風圧は、丹野スズと浜野シゲには経験済みだった。黒島の黒猫さんも欠伸でもしながらヘリコプターを見上げているだろうと、ミカンを一袋ずつ口に入れながら丹野スズは明るく考えた。

 東と北から金属の腹を鈍く光らせたヘリコプターの編隊が飛来し、低空飛行にうつったヘリコプターは、岩を避ける川面のように左右に別れて黒島の向こうへ消えた。ヘリコプターのローター音が消えると見物客の歓声が津波のように大浜を呑みこんだ。丹野スズと浜野シゲは立ち上がって瓦屋根の間のさらし者にされている黒島を気遣った。これから始まる見せ物が壮大なスペクタルショーであってもチンケなマジックショウで終わっても、黒島を自分と重ねるシゲちゃんは唇を噛み締めるはずだし、「コントか」ツッコミを入れて笑ってしまうかもしれない丹野スズは、自分を軽く戒めた。

 楽天的な丹野スズは二個目のミカンは半分に割ってクロシマ君に果汁を飛ばした。「君の頭の羽、風力発電でしょう、クロシマ君」

 パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ

 ヘリウムガスを注入し海底の巨大ドームを浮上させる。

AIの統制下、巨大ドーム設置。

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レンジでチーンしたみたいに、黒島を囲む外壁の溝に隔離封鎖ドームが収まった。

 船上観覧者も加えると100,000人以上に膨れ上がっていた見物客の大歓声で佐田岬半島が震度2ぐらいの大きさで、ブルルっと震えた。

 テレビインタビューに答えた伊方町民の声。

 「手品かと思うたが」と豊之浦、万吉ジジイ。あのドームはいつから海ん中にあったんかいのう?へ!2ヶ月前!じゃあの空母が運んできてたんかい、2ヶ月間もあれは海ん中にあったんかい・・。ヒャー想像もせえへんかったが。わしらは今日太平洋から運んでくるとばっかり思っとたから、イライラして南の海と空ばっかり見とったが、そしたら、なんや!目の真ん前でゴボゴボ泡噴き上げる海面からゴジラみたいに、ドームが出現しよったが。ドッヒャー!や、そして東と北から数えきれんほどのヘリコプターがやってきて、100機以上はおったで、ドームを囲むような楕円の隊形でホバリングしよった。全機ピタッ!や。静止画像かと思うたがな。今度は全ヘリの腹から雨のように降ったワイヤーの尖端がドームに当たったと思ったら、ドームが海面から浮き上がってきたがな。水平やったヘリコプターの隊列が上下斜めになって移動し、海面からドームを引っぱがすと、またピタッと水平や、一糸乱れぬとはまさにこのことやがな。わしらヨボヨボはあんぐり口を開けたままヨダレたれながしのアホヅラや。巨大ドームを吊り下げたヘリの隊列はそのまま黒島の上空へ移動し、そのまま降下を始めたがな、「大丈夫かいな」ここまでくるとヘリコプターの意図がわしらにもわかったが、外壁の繊細な曲面の溝にドームを降ろして嵌めるんや。「今日は西風が強いが・・・大丈夫かいな・・・」わしらヨボヨボは緊張してヘリコプターを見守ったが。祈ったが。

 ピタッ!やった。

 誰かが言いよった「コンピューター制御はスゲエや、やっぱり人間はAIの奴隷になるで」周りの見物客の水を打ったような沈黙がその極論を肯定していたが。スーっとワイヤーが全ヘリの腹に収まると、蜘蛛の子を散らすようにヘリコプターが散ったがなあ、その一機がわしらの頭上スレスレを通過しよった、わしらヨボヨボは泡を吹いて腰を抜かしたがな。サービス精神旺盛な奴らやが。

 「関西テレビ?ほうかいな。あっという間や!ほんまにあっという間に黒島に蓋をしやがった!」と歯が一本もない瀬戸の銀ジジイ、唾液をマシンガンのように飛ばしてしゃべった。

 「テレビ?NHKかいな、大河見せてもらってまっせ。エ?黒島とツーショット?ええで」と耳かけ型の補聴器を両耳にはめている三崎の松ジジイのVサインテレビデビュー。「障害者のツーショットやが」放送された映像では松ジジイのこの言葉はカットされていた。

 「カップケーキみたいで、カワイイ💓」と遠近法を使って手のひらに黒島をのせ、写真を撮りあう八幡浜の女子高生三人組の笑顔。歯が真っ黒。

 黒猫がつけた波打ち際の足跡を波が洗う。ドームで閉鎖されても黒島の海は生きている。野生の生き物や植物や樹木も生き続けられるように設計されているはずだ。水と風と太陽の光。黒島の豊かさに黒猫は満足している。

 黒島のドームが近未来的に光っているのを遠望して丹野スズは泣きながら微笑んでいた。浜野シゲには涙も微笑みもなかった。 

 黒島隔離封鎖ドーム設置完了。伊方町の100,000人ロックコンサートみたいなもんは終わった。

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