原発の町15 「生贄連れて来たが!」シゲ婆の家の前にミツジジイをほったらかして、源ジイはトンネルの出口のように光る桟橋へ、ねじまきのロボットのように下っていった。

 「だれが?」シゲ婆はガラガラと玄関の扉を引き開け、夕影の中のジジイを訝った。「・・・何しにきたがか!」シゲ婆は敵だとわかると顔を顰めた。「あなたにフミさんからの伝言があります」影の中のミツジジイが言った。「・・・アン?」シゲ婆は気色ばんだ。「お客さん?・・・シゲちゃん上がってもらったら」階段の途中からスズ婆が笑顔をななめに覗かせていた。

 「シゲちゃん家のだけど、おミカンどうぞ」2階の6畳間は真新しい西日があふれていた。「シゲちゃんの同級生の丹野スズと申します」

 窓の前に立つ逆光の黒いシゲ婆がゴジラのように放射能を吐き出し始めた。「ワシはあんたが好かんが!6年前や、兄貴が町長選に立候補したら、大浜の人間や誰彼構わず一票入れてやとお願いするのは当たり前やが、なんやあの茶封筒!40年間半身不随の同級生にわけわからん漫画送ってきて、ええジジイが、僕は還暦までに漫画家になりますって、自慢げに、クソがあ!・・・・フミの40年間の地獄を・・・フミの地獄を知らんやろが!・・・・。現金を送ってくれた方がなんぼかスッキリするが!・・・・・ワシは忘れんが!、昔、車椅子から車へ乗り移る必死のフミを無視したやろが!あの冷たい無関心さは忘れんが!あんたはフミの同級生でもなんでもないが!最初から最後までフミの40年間をただただ見物しやがったおまえが!・・そんなおまえがいけしゃあしゃあと同級生面しくさって、なんの魂胆があってあの茶封筒を送ってきたがか?

 あぐらをかくミツジジイの眉間に深いしわがよった。

 シゲ婆の吐き出す放射能は尽きない。ワシの兄ちゃんも兄ちゃんやが、こんなもん風呂の焚き付けや言うワシから封筒を奪いよって、フミが入院してる八幡浜の市立病院へ持っていきやがった。・・・・ハハ〜ん、あの漫画にがなんとか言うとったが、おまえの魂胆わかったが、ワシらにを売ろうとしたがやな、この外道が! シゲ婆が竹刀を振り上げようとしたがその先端をスズ婆は離さなかった。

 「2、3年前ですかな、わたしはあの漫画を面白く読ませていただいた記憶があります」とスズ婆が穏やかに話しはじめた。「立場とか時期によって受け取り方が違うんでしょうね。ミツさんですよね、シゲちゃんからあのミツがあのミツがこんな漫画をと、何度も恨み言を聞かされましたから。ミツさん、フミさんに茶封筒を送った魂胆をシゲちゃんに話すべきだとわたしは思いますよ。フミさんの同級生の責務として」

ミツジジイは悪代官のように低い声で話しはじめた。「私の頭の中にあったのは、ただ一つのことだけでした。二十歳になる前に交通事故で下半身不随になり人生を奪われた40年の間に、フミさんが吐露したものがあれば、それを形にして残すためにフミさんに奮い立ってもらいたかった。それだけです」

 「・・・・たとえば、闘病記みたいなもの?」とスズ婆。

 「なんでもよかった。フミさんの慟哭でも悲鳴でも、泣き言でも恨み言でも、言葉であれば・・・・」

 「・・・・・ある意味残酷な持ちかけね、・・・新聞部だった私には理解できるけど」とスズ婆。

 「闘病記だと。ミツ!お、おまえは、フミやワシらの地獄を丸裸にして、漫画にして晒しものにするつもりやったんがか!」バシッ!シゲ婆の竹刀がミツジジイの右肩を打った。スズ婆が竹刀の先を離したのだ。

 シゲ婆が窓から動き、遮られていた西日が伸びて、ミツジジイの歪んだ顔に厳しく当たった。「シゲちゃん、もうおしまい」シゲ婆から奪った竹刀をスズ婆はミカンの乗った盆の横に置いた。

 右肩をさすりながらミツジジイが窓辺に立って宇宙基地のような黒島を見遣った。黒島のドーム上部に残った夕日の照りに目を細めてミツジジイがまた話しはじめた。

 「封筒を送って一週間経った頃、フミさんの兄さんから手紙が来ました。フミは八幡浜市立病院に入院している。封筒は確かにフミに渡しましたと書いてありました」・・・入院?・・・私はすぐに田舎の義姉に電話をかけ、フミさんがで入院していることを知りました。私はまた別の漫画を入れた封筒を送りました。

 「お!お前は2度も封筒送ったんがか、知らんかったが!」座っていたシゲ婆が竹刀をつかみ立ち上がった、スズ婆は竹刀を離さなかった。

 「市立病院へ直接送りましたから」「二回目は本当に、ただただ心配して、元気になってほしくて、またヨボヨボがメインの漫画を送りました」

 「フン・・・ヨボヨボの年寄りが主役の漫画なぞ気が滅入るだけやが」と重りのように腰を下ろしたシゲ婆。クスッと笑うスズ婆。

 「知ってのとおり兄貴は落選しました」照りが消えた黒島のドームは背後の紫色に同化していた。「伊方町町長選のざわつきも落ち着き、私の生活が煩雑な日常に戻った5月ごろ、フミさんから突然電話がありました」

 封筒の中に入れた名刺に事務所の電話番号もありましたから。最初は誰かわかりませんでした。38年ぶりの声です、「ミット、わかる?わたしフミ・・・」「・・・・フミさん!」私をミットと呼ぶのは小学生の同級生しかいません。しかも一番最後に呼んでくれたのがフミさんで、38年ぶりに呼んでくれたのもフミさんです。それからは小学生のようにいろんな話をしました。癌のこと、同級生の千代さんのこと、昔見た夢の話、そしてババアになったねえとか、私は性懲りも無く漫画家になる話、58歳のフミさんがポンポン、ポンポン小学生のように話すのです。「漫画、分かりにくかった。今度恋愛もの描いて、でもありがとう」とフミさん。「年取っても38年ぶりでも、こうして話ができるって、同級生っていいよね」とフミさん。

 「同級生っていいよね」とフミさんは最後にそう言って電話を切りました。私は泣きそうになりましたよ・・・。

 「幸せそうな顔しやがって、だからいけしゃあしゃあと同級生ずらしてワシらの前に顔出せるがか」シゲ婆は悔しそうに唇を噛む。「なんでフミの葬式に帰らんかったがか?

 「フミさんの死を誰も教えてくれませんでした。義姉からは葬儀が終わったと知らされました。私はそれで良かったと納得しています」

 「フン、やっぱり見物客の同級生やが・・・・」とシゲ婆。

 「フミさんは私たちよりよっぽど上等ね、・・・・。で、シゲちゃんへの伝言は?」とスズ婆。

 「伝言というか・・・・、フミさんがポロッと漏らしたんです」 

 「40年間の間、姉ちゃんに一回もありがとうと言ってないがよ・・・・」 と

 

 

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました