原発の町19 過疎の伊方町を存続させていたのは原発の金だ。完全に電化製品化した109歳の源ジジイを生かしていたのも原発だ。2045年の秋まで。

 2045年11月17日。北海道、川上郡。夜明け前の寒さが牛舎の鉄骨を芯まで冷やしていた。午前4時45分。牧草の香りと、牛たちの低い反芻の音が満ちる空間に、遠くから忍び寄るような、奇妙な「揺れ」が走った。それは、重いローリートレーラーが通り過ぎるよりも深く、低く、腹の底を震わせるような振動だった。青年は作業を止め、きしむ牛舎の骨組みを仰ぎ見た。天井から吊るされた電灯が、ほんのわずか、振り子の動きを終えようとしていた。もう揺れは去った。牛たちは一瞬戸惑ったものの、すぐに静かに餌を食べ始め、その静けさに青年は安堵の息を漏らした。

「これは、でかいな・・・」

 携帯を取り出し、表示された緊急地震速報の震源地を確認した瞬間、青年の胸に冷たいものが走った。画面の赤い点は、本州を飛び越え、四国、高知の遥か南の海底を指していた。北の果て、川上郡の牛舎を揺らしたこの地震は、すなわち日本列島全体を揺さぶったことを意味する。

 南海トラフ巨大地震青年は、かつてテレビで見た地震学者の予想の数字を、吐き気と共に思い出した。震度7の広範囲な発生。太平洋沿岸を襲う20メートル以上の津波。この国に今、何が起きているのか。牛舎の引き戸を開けると、エゾマツの黒々とした原生林の上に、澄んだ空があった。極東の空は、白と薄いピンクと青が混じり合い、壮麗な朝焼けを描き出している。しかし、その朝焼けの先、四国の日の出はまだ20分も先だ。夜明け前の闇の中、日本で最も多くの命が眠る太平洋側は、今、想像を絶する災害の始まりを迎えているのだ。

大浜の源ジジイ(享年109)「原発が生きている限り、わしも生きる」と電化製品になった源ジジイ。

 2045年11月17日。愛媛県、伊方町。夜明けの光が、西の空を切り裂くように昇り始めたとき、伊方町はすでに震度7の瞬発力に蹂躙され、壊滅状態に陥っていた。町の南端、西斜面にはりついていた大浜集落は、収穫前のミカン山も、家屋も、そこに暮らした人々の痕跡も、全てが巨大な土砂となって宇和海へ押し流され、跡形もなく消え失せていた。皮膚を剥がされたように真っ赤な肉を剥き出した西斜面は、早朝の影の中で、血の色を通り越した不気味な紫色に沈んでいる。その荒涼とした風景の中、奇跡的に土砂の上を滑り、桟橋の上に乗り上げた半壊の家屋が一つあった。

 ピッピー!ピッピー! ピッピー!ピッピー!

 崩落した窓の奥底から、けたたましい電子音に交じって、昭和の歌謡曲が流れ出ていた。天地真理のハスキーボイスが「恋する夏の日を歌い上げているのだ。平和、平穏、幸福を象徴した不滅のポップソングが、破壊された絶望の淵で、あまりにも場違いな、無慈悲な、そして不吉な弔いの狼煙のように変換されて響き渡っていた。

黒島を朝日が照らし始めている。ドームの頂からゆっくり海面へ降りてくるその光景は、救いなどない、終焉への冷酷なカウントダウンそのものだった。

 南からやって来た巨大な津波は、手前の佐島と烏島を丸ごと飲み込み、黒島のドームを三分の一ほど沈めた後、横たわる佐田岬半島の横っ腹にぶち当たった。海に漂う無数の残骸と、桟橋上の半壊家屋を、海抜30メートルの国道があった場所あたりまで押し上げた津波の海面は、その高さで一瞬、静止した後、悠々と傲慢に降下していった。

 しかし、真の地獄はこれからだった。

 瀬戸内海側に立地していた伊方原子力発電所は津波の直撃こそ免れたものの、震度7の前震で山から崩れた土砂に押され、すでに大きく傾いていた。夜明け直後、震度6強の余震が襲う。巨大な原子炉が、土砂ごと海へずり落ち、半分水没した。

 制御不能。昼過ぎ、原子炉が爆発した。

 放射能は空へ飛散し、熱を持った汚染水は瀬戸内海へ流出した。

 国は緊急措置として、琵琶湖の湖北にストックしてある、放射線遮断セラミックス仕上げの巨大ドームを移動させ、伊方原発に被せることにした。

 そして午後3時過ぎ。

 震度7強の本震が、佐田岬半島を襲った。長く細い半島は、その真ん中、最も細い堀切(ほりきり)と呼ばれる地域で、真っ二つに引きちぎられた。深い谷のように裂けた亀裂から、放射能に汚染された瀬戸内海の死の海水が、安全だったはずの宇和海へと流れ込み続けた。瀬戸内海と宇和海が濃厚度の放射線で汚染されいった。

 西日本全体が激震と津波の集中攻撃を浴びたこの日、四国の西端の空に、メデイアや個人のドローンが数十機飛来してきたのは、午後になってからだった。西日本の悲惨な現状の動画は、国内のみならず、瞬く間に世界中に拡散された。伊方町大浜の惨事を執拗に映した動画には、半壊した桟橋に、薄汚れた野良犬や猫がたむろしている姿が映し出されていた。

 走る犬、地図上の愛媛県は、走る犬の形に似ていると言われる。今、その下半身(南予地域)は、激震と津波によって肉を削ぎ落とされ、骨まで露出した痛ましい姿と化している。その上、目に見えない沈黙の毒、放射能まみれなのだ。

壊死した原発の町伊方町。山崩れ状況。

 2045年11月17日。昼過ぎの伊方原発爆発事故、そして本震による半島の断裂は、日本の国体に決定的な傷を与えた。午後、国は即座に、愛媛県内の広範囲―すなわち県の半分近くを占める南予地域に対し、避難指示を発出した。

 激震、津波、そして被曝三つの凶刃に切り刻まれた愛媛県の「下半身」は、人命救助を優先しながらも、放射能汚染からの脱出へと焦点が移り、無人となった自治体が激増した。

 爆発の衝撃が収まらぬなか、伊方原発放射能流失を防ぐ概要が国より告知された。焦熱を静めるべく核燃料への注水。特殊な樹脂による飛散防止剤の撒布。大地を凍らせた凍土壁の建設、巨大ドームによる、早急な放射線の物理的遮断。(陸、海、空)

 科学の粋を集めた遮蔽物と人々の執念を重ねて重ねてこそ、荒れ狂う伊方原発を静めることができる。日が沈み、伊方町大浜の惨状は夜の帳と立ち込める霧の中に沈んだ。伊方原発と源ジジイが死んだ。

 

 

 

 

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