2019年9月某日。愛媛県の西端の町、伊方町の宇和海の海水から計測された放射線量は年間10ミリシーベルトを超えることはなく、人体に影響ないものと思われます。ただ黒島島内および近海の線量が50ミリシーベルトを超える場所もあり、不測の事態に備えて、黒島を隔離封鎖することに決定いたしました。なお黒島の放射線汚染の原因は放射性物質を含んだ漂着物によるものと推測され、伊方原子力発電所は無関係だということをご報告いたします。
伊方町放射線量計測結果における政府の重大発表は午後5時のNHKのニュースの時間に合わせて行われた。
同級生のシゲちゃんの家の二階からは、夜でも月光があれば、瓦屋根の間から海と黒島が望めるはずなのですが、今夜はブラックホールを覗いてるみたいで真っ暗です。防護服を脱いだ丹野スズは黒猫と窓辺に座り、親密な距離から聞こえてくる潮騒にやすらぎをみつけていました。政府による放射能汚染発表に伊方町はざわつきましが、町からすぐ避難した人は、子供を持つ一部の親たちだけでした。逆にメデイアの人達が町に押しよせ黒島の望める場所を占領しています。私たちがいた桟橋もその一つで、私と黒猫は逃れるようにしてシゲちゃんの家に来たのです。
源ジイさんを心配して病院へ連れて行ったシゲちゃんは、そのまま一泊して帰りは明日になります。「源ジイさん軽い打撲で済んでよかった。シゲちゃんの横面すごかったもの、ねえ〜黒猫さん」
「私はよそ者だし、明日保内へ帰ろうっと」上下グレイのジャージの丹野スズは黒猫の喉をくすぐる。「明日からこの町は戦争だよ。メデイアの人や野次馬でごった返すはずだ。それはそうと黒猫さん・・・、あなたも相当な歳だと私は踏んでるんだけど。でも、黒猫さんの脚の傷、治りが遅いのは歳のせいだけじゃないと思う。被ばくの影響も少しはあると思う」
「放射能をぶっかけた三毛猫さんが心配、どこにいるんだろう?」丹野スズは頭をあげて暗闇を見つめました。
「知ってるよ」黒猫は脚の傷を舐めて言った。
「えー!黒猫さん言葉喋れんの?」
「ニャーゴ、この放射能まみれの傷を舐めると、人間の言葉が理解できるし、喋れるようになった。煩わしいことこの上ないがね。あなたの探している三毛猫は雲の上ですよ」
「えー!死んじゃったの!ガーン!わたしが、私が殺したかも?」
「確かにあなたと無関係ではないが、被ばくで死んだのではないですよ。あいつはあなたから受けた恩をあなたに返しただけです」
「えっ!なんの恩?もしかして、汚染した海水をぶっかけたことじゃないでしょ?」
「あなたもあいつも汚染した海水だったとは知らなかったし、あの海水で三毛猫の傷が全治したのは間違いないです」
「じゃあ・・・・傷が治ったお返しに、三毛猫さんは自分の命を生贄にして私を歩けるようにしてくれたってこと・・・わたしに恩を返すために・・・死んだの?・・」「ちょっとまって!なんかスッキリしない!」「わたしは・・・・、私は騙くらかしている、三毛猫さんを、でしょう?黒猫さん」「ネー、黒猫さん、早く傷を舐めて何か言ってよ」
黒猫は無視した。
「このまま恩を借りっぱなしじゃ、私は保内に帰れない!」丹野スズは頭を落とした。
煩わしいと思ったが、黒猫は放射能の傷を舐めて丹野スズに言った。「お願いがあります。私は黒島で死にたい・・・・。」
「メーン!」丹野スズの頭の中で、浜野シゲの竹刀が空を走った。 丹野スズは満面の笑顔で黒猫の頭を撫でた撫でた。
「私の命にかえても黒島へ連れてってあげますよ、黒猫さん」
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