原発の町3 72歳のヨボヨボババア、浜野シゲ、同級生に用心棒を頼まれる。同級生はヨボヨボになっても同級生だが。

 わたし浜野シゲといいますが。72歳。今は地元の伊方町大浜に住んでいます。2年前、わたし初めて新聞に載ったんですが。恥ずかしながら、その切り抜きですが。

ちなみに愛媛新聞

 わたしに用心棒を頼んできた丹野スズとは八幡浜高校の同級生ですが。スズは新聞部、私は剣道部。2年生の秋の県大会で準優勝し、スズから取材を受けたのがきっかけで顔見知りになって、3年になると同じ組みになって話すようになリましたが。私が伊方町出身だと知り、噂の範疇でしかなかった伊方町原子力発電所建設を憂い、原子力発電所は必要か否かと、スズが何かわたしを試すように聞いてきたのが2度目の取材で、「伊方町のためにも、四国のためにも必要だと思う」と私は自分の曖昧な考えを四捨五入してスパッと答えましたが。優しさからか?周りに気を遣ってからか?スズは新聞部部長になっても原発反対の先鋭的な記事は掲載しなかったかな。

 私は伊方町、スズは隣町の保内町。スズは松山の大学へ進学し、わたしは地元の農協へ就職したが。スズはポッチャリでわたしは割り箸。スズは猫派、わたしは犬派。原発反対派と賛成派。共通点はただひとつ、女だということ、そして2019年2人はババアになったということ。

 地元伊方町に原子力発電所建設が決定したのは、わたしが二十歳の時で、原発が即、原子爆弾や放射能汚染へ、わたしには結びつけられなかったし、最先端の科学の象徴である原子力発電所が伊方町にやってくることに、わたしは興奮し誇らしく思いましたが。・・・・わたしは無知ではなかったと思うで。

 1979年スリーマイル島、1986年チェルノブイリ、世界で起こった悲惨な原発事故は、日本の原発の危険性も浮かび上がらせましたが、深刻に問題視されなかったと記憶していますが。日本の原子力発電所の安全を信じきっていたのかな。2011年3月11日が来るまでは。

 東日本大地震の津波による福島第一原子力発電所のレベル7の大事故は、広範囲に放射能を撒き散らし、日本中を震撼させましたが。そして世界における日本の価値を暴落させた張本人として、原子力発電所は一夜にして国民に目の敵にされ、蔑まれる存在に下落してしまいましたが。原発の町も、人も、いっしょくたに。

 万が一、事故か何かで伊方原発が放射能を放出したならば、原発を誘致した人たちと同時代の私らは、放射能に汚染されても自業自得だと思ってもらって結構ですが、しかし今の若い人や子供達までも自業自得だと見棄てる人がいるならば、わたしはそいつらを軽蔑しますが。このコンビニ強盗の犯罪者が軽蔑しますが。

コメント

タイトルとURLをコピーしました